私はNetflix中毒と言っていいほど、
空き時間はNetflixと共に過ごしている。
見るものはもっぱら韓国ドラマか韓国映画だ。
最近、パク・ボゴムとパク・ソダム主演の
「青春の記録」というドラマを見ている。
貧しい家庭出身のヘジュン(パク・ボゴム)と、
裕福な家庭出身のヘヒョが芸能界で活躍していく姿。
大企業をやめてヘアメイクとして働いているジョンハ(パク・ソダム)と二人の出会い。
ヘジュン・ヘヒョ・ジヌの友情、恋愛…
私も約10年前、ヘアメイクをしていた時期があったので、
ジョンハの姿や、ヘジュンの裏で切磋琢磨したり、所属事務所とのいざこざなど、
共感する姿が多く、すっかり見入ってしまっている。(現在7話視聴中)
ここからは少し内容のネタバレにもなるので、
苦手な方はここから先には進まず、別の記事を読んで御退室を✋
恋愛における「許可」の必要性
ドラマの中盤で、ジヌが自身の彼女ヘナ(へヒョの妹)に、
「そろそろ俺たち、19禁に進展したいんだけど、ヘナはどう思う?」と聞くシーンが出てくる。
ヘナは「私もそう思ってた!」と言って、
「でも、いろいろ心配だから、ワクチン摂取が終わってからね!」と
子宮頸がんワクチンの摂取が三回終わったら先に進展する、と約束をする。
7話ではヘジュンとジョンハが話す場面で、
「今、したいことがある…許可が必要なんだけど…」と
ヘジュンがちょっともじもじしながらジョンハに話して、
ジョンハが「許可するよ。」というシーンがある。
この後ヘジュンとジョンハはキスをするんだけど、
こういう相手に触れることに対する確認とか、
進度を確認する行為がさらっと描かれていてとてもいいな、と思った。
1話でジヌがヘナに対して「別のところに行きたい」と行ったあと、
ヘナは「嫌だ」と返し、それに対し「ヘナが嫌なら、俺もイヤ。」というシーンが出てきて、
相手に強要しないジヌがとてもいいな、と思ったし、
その気持ちはヘナも同じだったようだった。
![](https://suzu-trip.com/wp-content/uploads/2020/10/flower-2222058_1920-1024x680.jpg)
性被害のニュースなどで加害者側が「同意の上だった」と供述するのをよく見るし、
それがネット上で話題になったりすると、必ずと言っていいほど、
「被害者に非がある」といったセカンドレイプが繰り広げられる。
お酒を過度に飲ませたり、薬を飲ませたりして行為に及ぶことはもちろん犯罪だけど、
中にはいろいろなことが頭をよぎって「断りきれなかった」ということもあると思う。
家族に被害が及ばないか、とか、仕事のことを考えると…とか。
理由は様々だけど、そういうこともあると思う。
ちょっと話が外れたけど、このドラマのように、
お互い好きということを「告白」という行為を通して確認したあと、
次の段階をお互いで認識しながら、都度同意を取って進度を進めるのは、
双方の誤解や考えの差を埋めることができるし、
お互いへの配慮や優しさ、理解でもあると思う。
恋愛においては特に、
こういう小さな許可や同意の積み重ねが必要だと思う。
恋愛とはコミュニケーションがその大半を占めている。
身体に触れるということ
その人の身体に触れることは、同性異性関係なく許可が必要だ。
(もちろん、双方ですでに構築されたある程度の確実な関係性があれば、
また例外なんだろうけど。)
私も過去に、男性に「頑張ってね」といって、肩を撫でられたりしたことがある。
その人はねぎらいの意味で、そういった行為をしたのかもしれないけど、
その対象である私は、ねぎらいは愚か、
今すぐにでも通報したい気分でしかなかった。
過去に一緒に仕事をした人の中にも、
無駄に握手を求めてきたり、無駄にぴったりとくっついてきたり。
そういう人たちもいた。
私ひとりがこんなに多くの体験をしているのだろうか?
答えはNOだと私は思う。
実際にそういう話は多くの人から聞いた。
これは性別関係なく、相手が不快に感じるならそれはすでにラインを超えている。
もし、相手に触れることでコミュニケーションを取ろうとしている人がいるなら、
それは実行に写す前に考え直すべきだと思う。
仕事の関係が絡んだりすれば、尚更。
ここまで思い浮かぶままに書いたから、
構成も何もないような文だけど、とりあえず頭に浮かんだことを書き連ねた。
リライトはまた後日。