コラム

【ネタバレ】映画「マルモイ ことばあつめ」を見て思ったこと。【8/7 KBCシネマ トークショーレポ・感想レビュー】

8/7より私が住む福岡でも「マルモイ」の公開が始まり、
初日にはトークショー付きの回が開催されました。

 

今回は、マルモイを見て感じたことを中心に、
後半はトークショーのレポートも交えてご紹介したいと思います。

 

すず

<この記事を書いた人>

✔ suzu-trip 運営者

✔ 神奈川県出身

✔ 福岡在住10年目(2024年現在)

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「マルモイ ことばあつめ」概要

위클리시네마] 말모이, 말과 마음이 모여 사전이 되다 - 머니S

STORY

1940年代・京城(日本統治時代の韓国・ソウルの呼称)― 

盗みなどで生計をたてていたお調子者のパンス(ユ・へジン)は、
ある日、息子の授業料を払うために
ジョンファン(ユン・ゲサン)のバッグを盗む。
ジョンファンは親日派の父親を持つ裕福な家庭の息子でしたが、
彼は父に秘密で、失われていく朝鮮語(韓国語)を守るために
朝鮮語の辞書を作ろうと各地の方言などあらゆることばを集めていました。

日本統治下の朝鮮半島では、自分たちの言語から日本語を話すことへ、
名前すらも日本式となっていく時代だったのです。
その一方で、パンスはそもそも学校に通ったことがなく、
母国語である朝鮮語の読み方や書き方すら知らない。

パンスは盗んだバッグをめぐってジョンファンと出会い、そしてジョンファンの辞書作りを通して、自分の話す母国の言葉の大切さを知り・・・・。

マルモイ公式ホームページより

 

公式の概要はこんな感じ。

 

予告編は上の動画からみてみてください。

 

マルモイを見に行こうと思ったきっかけ

この映画、韓国では2019年1月9日から公開されていたのですが、
ちょうどその時期、韓国に行ったついでに見ようと思っていました。
しかしスケジュールが合わず、韓国では見ることができずにいました。

 

このマルモイを見ようと思った大きな理由のひとつは、
大好きなユ・ヘジンが出ていたから。

 

「믿고 보는 유해진(信じてみるユ・ヘジン)」
日本語のニュアンスに直すなら「間違いないユ・ヘジン」というところでしょうか。

 

私の中では本当に「間違いないユ・ヘジン」で、
とにかく、ユ・ヘジンが出ている映画は間違いなく面白いし、
なによりもユ・ヘジンの演技が大好きなので、
出演している映画はいつも公開されれば、
(コロナ前は韓国に月1回以上行っていたので)、
仕事の合間を縫って映画を見に行ったりしていました。

 

そして、この映画の日本公開が決定したと聞き、
必ず見に行こうと待ち望んでいました。

 

この映画に対する前情報としては、
「日帝時代に韓国語の辞書を作る話」程度の薄い情報しか持っていませんでした。

 

ーーーここからネタバレを含ます。ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

主人公パンスに「祖母」と「自分」を重ねる。

ユ・ヘジン扮する主人公のパンスは非識字者で、
話せるが読み書きはできない。そして、刑務所の常連。

 

刑務所時代の知人の紹介で、パンスが朝鮮語学会で仕事をすることになり、
「ことばを扱うのに、ハングルが読めないなんて!」と代表に言われ、
一生懸命ハングルを勉強する場面が出てきます。

 

移動中のバスの中で、たまたま前にいた女学生に
カナダラの順番があっているか聞いてもらったり、
一つずつ字が読めるようになって喜んだり、
本を活字で読むことができて、その内容に感動したり、と
韓国語を勉強し始めた頃の自分にパンスが重なり、
「その気持ち、わかる!わかる!!」と思いながら、
パンスに感情移入していきました。

 

충청일보 모바일 사이트, '말모이' 유해진, 특유의 인간미로 관객 사로 ...
http://m.ccdailynews.com/news/articleView.html?idxno=992516

 

言葉の勉強を刑務所時代の仲間に馬鹿にされる場面もあるのですが、
仲間の言葉を受け流しつつも、一生懸命勉強を続け、
いろいろあって、学会を一時去ることになるパンスは、
お酒を飲みながらも、マッチを並べてハングルを勉強します。

 

ここまでの内容を見て、私は私の祖母を思い出しました。

 

私の祖母は約10年前に他界しましたが、生きていれば90才。
東北の田舎の出身だった祖母は、若い時は学校なんて到底通わせてもらえず、
近くの家にお手伝いさんとして働きに出されて、
仕事ができないと叩かれたりもしていたようです。
「勉強なんかよりも仕事をしろ!」と言われ、
文字の読み書きはずっとできないままでした。

 

そのまま歳をとり、母を育て、孫として私が誕生し、
夏休みに長期で祖母の家に滞在していた時には、
幼い私と一緒に文字を書く練習をしたような思い出がうっすらあります。

 

子供というのは残酷なもので、
なんの背景も知らずに、祖母に向かって
「こんなのも読めないの?」というひどい言葉も言ったような気がします。

 

それでも祖母は「字の読み書きができるようなりたい」と、
畑仕事の合間に、カレンダーの裏紙に油性ペンで
平仮名カタカナの練習をしていました。

 

劇中にパンスのつたない文字の手紙が出てきますが、
それが祖母が練習して書いていた文字の思い出と重なって、
胸が締め付けられるような思いでした。

 

 

言葉を奪うということ。

 

この映画の時代背景は日帝時代(日本占領時代)で、
創氏改名や、日本語強制(朝鮮語抹殺政策)が行われていた時代。

 

ちょうど九州の炭鉱での朝鮮人徴用に関する本を読んでいたので、
このあたりの時代背景とリンクするところがあり、
学校で朝鮮語を使った際の体罰や、
読んでいた本の中に出てくる暴行の場面が重なりました。

 

私の記憶では、義務教育&高校の授業の中で朝鮮について(受動的に)学んだのは、
「豊臣秀吉が朝鮮出兵した」とか、「戦時中は植民地だった」とか
「日本が統治していた」とかいう数行の説明だけで、
補足の説明も「日本が鉄道を敷くなど、朝鮮半島の反映に大きく貢献した」
というもので、慰安婦の問題や強制徴用の話も、
資料集に写真が少し載っている程度で、詳しく学ばなかった記憶があります。

 

韓国に行って韓国語を勉強し、さらに韓国の方々と関わりながら、
韓国と関わりのある仕事をするなかで、
現代の韓国政治や近代史、日帝時代の歴史に興味を持ち、
様々な話を聞いたり、本や資料を見るようになり、
こんなにも日本を知らなかったのか、と恥ずかしく思いました。

  

ここ2〜3年は近代史(戦後)の本を読んでいたので、
(といっても本を読むのがあまり得意ではないので、少しずつですが。)
炭鉱での強制徴用の本などに取りかかったのはごく最近のことで、
勉強がまだまだ足りないな、と心底感じています。

 

その中で、過去に無知から来る私の心ない発言から
友人を傷つけたこともあって、すごく反省しています。
今もこうして文を書いていますが、
もしかしたらこの内容で私の理解が足りないせいで、
誰かを傷つけている可能性もあります。

 

私が学生時代に熱心に勉強しなかったせいかもしれないけど、
朝鮮の植民地時代の歴史は積極的に知ろうとしない限り、
こうした情報が得られないと感じているし、
おそらく、知らない人が圧倒的大多数で、
そのベースで韓国を批判していたりもする。

 

知らないことは本当に情けないというか、辛いというか、
ぴったり合う言葉が思い浮かばないけど、
とにかく「不都合な真実」について、もっと勉強する必要がある、
と思って、できるだけ知る努力をしようとしています。

 

日本と大いに関係のある日帝時代のことや、
その時から今までもずっと継続している在日コリアンの問題、
輸出規制と徴用工問題、、、、などなど。
今話題になっていることだけでも、
その背景を知らなければいけないことは大いにあると思うのです。

 

日本ではKPOPや韓流が流行って久しいですが、
そういう表面的な「韓国ブーム」がある一方で、
こうした「歴史問題」に関してはなかなか取り上げられることがなく、
この部分の本当の理解無くしては、
本当の意味での日韓友好などはないのでは、と思っています。

 

と、このマルモイを見て、
いろいろここ最近考えていたことが溢れました。

 

 

映画の中でパンスの息子 ドクジンが、
学校で朝鮮語を使ったことで担任から叩かれ、
その後も先生から暴力を受けないように、と日本語を使い、
パンスの知らないうちに「カナヤマ」という日本名に改名。

 

싱글리스트 모바일 사이트, '말모이' 까막눈이라도 1등 아빠 유해진 ...

 

ドクジンは妹のスンヒにも日本語を教え、
朝鮮語を話すと学校でひどい目に遭う、と教える。

  

「父親が朝鮮語学会に出入りしていることが学校に知れると、
自分は徴兵されるかもしれない。
父親は逮捕され刑務所に入ったら幼いスンヒは?」

 

いろいろな考えの中、
父に学会に出入りしないでほしいと伝えるドクジン。

 

  

いつ終わるかわからない日帝の時代。
途中から、長いものに巻かれた方が安泰だという考えに代わり、
いろいろな取引の中で、最後のアイデンティティーである名前を
「ヤナガワ」に変えた、朝鮮語学会代表 リュ・ジョンファンの父親。

 

 

多角的に見ると、どの登場人物の心情も理解できる。

 

 

言葉と名前を奪い、その人のこれまでの歴史をすべて上書きし、
それが積み重なることでそこにあった歴史は無かったことにされてしまう。

 

 

今こうして私が韓国語を学び、使っているのも、
こういう時代に、この話に出てきたような「ことば」を守ることに
命がけになった人たちがいたからこそだ、と思う反面、
自分がその加害の立場にいた人間と同じ(日本人)であるにも関わらず、
長きにわたってその「真実」を知らずにいたこと・・・
(便宜上「日本人」という単語を使ったけど悩ましかった。)

 

 

いろいろな考えに押し潰されそうになる映画でした。

 

 

初めは、「ユ・ヘジンが出てるから見てみよう〜」くらいにしか
思っていなかったが、最近自分が思っていたことや、
勉強していたことなどがリンクして、
多くのことを考えさせられる映画となった。

 

頭の中を整理してからこの文をアップしようとも思ったが、
映画を見てその感情が鮮やかなうちに書き留めておきたくて、
ここまではほぼ勢いで書いたので、
また数日後にでも読み直してリライトしたいと思います。

 


KBCシネマにて 公開初日トークショー

公開初日にはトークショーが開催されることをTwitterで知り、
参加することにしました。

 

田村元彦さんと、辻野裕樹さんの対談によるトークショー

 

トークショーは映画終了10分後から約1時間。

 

登壇される田村さんは西南学院の政治学の准教授、
辻野さんは九州大学で言語学の准教授だそうな。

 

大学で語学の研究をされているだけあって、
トークショーの内容も言語学中心でした、

 

 

この映画は「朝鮮語学会事件」という本当の事件がもとになっていたと、
辻野先生の紹介で知る。(あとでもっと調べたい)

 

 

 

朝鮮語学会の代表「リュ・ジョンファン」として描かれている人物は、
「イ・グンノ(이극로)」という実在する人物で、
劇中に出てくる「言葉は民族の精神であり、文字は民族の生命である。(말은 민족의 정신이요 글은 민족의 생명입니다.)」という言葉は実際にイ・グンノが残した言葉だそう。

 

 

劇中で、パンスが書いた手紙が辞書に挟まれているのをドクジンとスニが見つけ、
それを読むシーンが後日談としての名シーンとして出てくるが、
それが「パンスが字が書けるようになったことで、
パンスの死後もこうしてパンスが思っていたことを知ることができる。
文字とは素晴らしいものだ、ということを暗に表しているのでは。」と
おっしゃっていた辻野先生の言葉。

 

映画の背景となった時代(1930-1940年代)の朝鮮での識字率は約15%だったため、
パンスのような非識字者の人の方が多かったということ、
1938年に朝鮮語が必修科目からなくなり、
事実上の日本語強制が始まり、1939年 創氏改名。

 

こういったことを年代別に説明されていたので、
そういったところの情報が少なかった私は非常に勉強になったし、
暗い劇場の中でほぼ手元を見ずにメモを取った。

 

「言語はその人そのものであり、
小さい頃に周りの大人たちが話しかけてくれたその歴史の蓄積であり、
言葉には個人史が刻印されている。
ことば一つ一つに掛け替えのないおぼろげな記憶などが鮮明に刻み込まれている。」
というようなことをおっしゃっていた。

  

確かに、私が今母語として使っている日本語は、
周りの大人たちや学校の授業、友人、読んだ本…
全てが積み重なって今に至っているし、韓国語もしかり。

  

学び始めてからそこまで時間の経っていない韓国語はより一層、
ひとつひとつの単語に関する思い出が鮮明だ。

 

また、「1945年に朝鮮は日本から開放されるが、
それが『日本語からの開放では無かった』」ということも、
このトークショーで話を聞き、ハッとした。

 

独立後20年、初めて日本語から韓国語への翻訳の疲れを感じずに
文章を書く(詩人:キム・スヨン)

知識人階層は、身体化された言葉は、
たとえそれが打破すべき帝国の言葉だったとしても、
なかなか簡単には剥がすことができない。
思考や感情として内面化され続けた。

 

確かに、歴史の本などでは、その先が滝になっているかのように、
きっぱりと年度や大きい事件などで区切って
諸々の流れを説明することがほとんどだが、
もちろんその時を生きていた人たちは、
今私たちが生きているように連続した時間を生きていて、
長い年月の間、体に染み付いたその「習慣」から解放されるには
もっともっと長い時間が必要なことは、
10年前に悪夢のような美容師時代を過ごした私が
いまだに当時のことを夢にみるので、わかりすぎるほどだった。

 

 

『言語は通じればいい』とか、『言語はコミュニケーションの道具である』、
『中身が大切なんだ』という言葉がよく聞かれるが、
いわゆる言語教育の中に根付いた考え方であるが、
言語は単なるツールではなく、人間の存在の根幹である
ということを如実に表している。

 

 

 

ここからはメモ✍️

 

  • グロリアンセルドゥーア「私とは私の言葉なのだ。私の言葉に自身を持てるようになるまでは、私は自分に自信を持つことができない。」
  • 「私の言葉」が侵略者の言葉だったら?自身の存在への肯定感を脅かすという行為。

  

  • 1930年代に朝鮮語の整理をしっかりしていたので、
    現在の南北の精神的距離が近づいたのでは、と思っている。
  • 辞書編纂作業は、死にゆく朝鮮語をいかにして規範化してそれを広げていくか。
  • 自らの存在を屠した非暴力のあらがいだったのでは。
  • 言語は人間の存在そのもの。朝鮮語が死ぬことは、すなわち「私」が死ぬということ。
  • 外部からやってきた侵入者がそういった「私」を殲滅させようとしていた。
  • 国家と言語と個人は結びついてしまう(言語イデオロギー)が、言語は個人に結びついている。

 

  • 尹東柱(ユン・ドンジュ)は韓国で愛されている詩人の一人。
    (1943年、治安維持法により検挙され、福岡刑務所に投獄され、27歳で絶命。)
  • 朝鮮語で文芸活動をするのは難しい時代になっていた。
  • しかし、こっそり詩や散文も多く残していた。
  • 福岡刑務所で何かわからないことを大声で叫んでいた。という証言があるが、言語がわからない看守はその叫んでいた言葉を理解できなかったため、尹東柱が死の直前に何を言ったかは闇の中。
  • 言葉は人と人と繋ぐこともあるが、言葉がわからないが故に、人と人とを引き裂くこともある。

  

 

  • 実際には映画館ではなく学校が舞台だった。
  • 「朝鮮語学会(スンウリマル(純粋な朝鮮語)推進派)」と
    「朝鮮語学研究会(漢字語導入派)」という二つの朝鮮語の学会があった。

 

まとめ

ここまで一気に書いたので、
まだきちんと整理された文章ではないと思うけど、
今の私の断片を残そうととりあえず勢いに任せて書いてみた。

 

今私が韓国語を勉強し、使うことがどういうことなのか、
日本と韓国について、言語と個人について…

 

本当にいろいろなことを考えるきっかけになった1日となった。

 

とりあえず、今思うことを書き留めただけなので、
また数日後にリライトする予定です。

 

 

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韓国を仕事にするかたわら、ブログを書いています。コロナ前は365日のうち100日くらいは韓国にいたので、そのくらいまで戻したい所存です🙏

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