仕事・転職

某韓流アイドルのマネージャーをした時の話

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こんにちは。すず(@seul2xx0116)です。

 

第三次韓流ブームと言われる昨今。
どうしたら韓流アイドルに関わった仕事ができるのだろうか?と、
考える人もいると思います。

 

その代表格であるマネージャー!

 

憧れの職業と思う人も多いと思います…

 

が!!

 

肝心なそのなり方や、仕事内容を語ってくれる人はほとんどいないのが現実でしょうか。
私も結構探したのですが、詳細な内容がなく、よくわかりませんでした。

 

そこで、私の経緯もまた、大して参考にはならないかもしれないけど、
こんな道もあるのか、という程度に見てもらえたら、と思い記事にします。

 

最初に言っておきますが、
どのタレントのマネージャーをしていたかは、
言えないし、言えませんので、ご理解のほど。

 

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韓流アイドルのマネージャーはどうやったらなれるのか?

まず、「韓流」といっても様々。
ドラマや映画に出る「俳優」や、歌やダンスを中心とする「アイドル」、
お笑いを中心とする「ギャグマン」、
バラエティーなどを中心に活動する「タレント」
・・・そのジャンルは様々。

 

私が担当をしていたのは、その中でも「アイドル」と言われる、
男性グループでした。

 

 

私がどうやって、「韓流アイドルのマネージャー」になったか。

 

 

結論から言うと、

 

 

 

 

 

「知人の紹介」でした。

 

 

 

 

どうやってなるのか?なんて書いておきながら、
なんの回答にもなっていないことは重々承知していますが、
しかし、事実なのです。

 

他の方法というと、多分「芸能事務所」に「マネージャー」として、
「会社員」という形態のもと、就職し、
韓流タレントたちに配属されるのが大筋の流れになるのではと思います。
(もしそういう方がいらっしゃれば、情報提供求む。)

 

しかし、私は前述の通り、
「知人の紹介」でマネージャーをすることとなりました。

 

韓国留学を終え、「日本に帰国したら就活しなきゃだよな。」
なんて思っていた矢先。

韓国人の知人から
「仕事が決まっていないようだったら、この仕事をやってみないか。」
と紹介されたのが、まさにマネージャーの仕事で、
その知人もその仕事に関わっている方でした。

 

韓国留学も終わりが見え始めた頃、私は韓国での就職を探していました。
しかし、私が仕事を探していた時期は、
韓国は中国を中心とした市場になっており、
中国語関連の韓国企業採用ばかりで、
日本に関するような韓国での求人はほとんど無かったのです。

 

そんな時に、声をかけられたのが、
「マネージャー」の仕事でした。

 

元々、舞台やステージの裏方が大好きで、
大学の在学中は、文化祭のステージ部門
(芸能人を呼んでライブ公演などをする)の担当をし、
最高学年になってからは、そのリーダーもしたりしていました。

 

さらに、アルバイトで、ライブのケータリングをやってみたり、
チケットもぎりをやったり、グッズ販売をやったり。
とにかく、人が集まるようなイベントの裏側で働くようなポジションが
昔から大好きでした。

 

大学卒業後、一応してみた就活では、舞台製作の会社を受けたりもしていました。
(美容師になることが目標だったので、
とりあえず新卒枠受けてみるか、という気持ちだった。)

 

とりあえず面白そうだったので、社長の面接を受けることにし、
ソウルにいる間に面接を受けました。
面接といっても、食事しながらの会食といったような感じでした。

 

社長のOKが出たため、卒業後いつ位から働くのかなどは
担当者とメールのやり取りで決定をしていきました。

 

結局、語学堂の卒業式の次の次の日。
家の引き払いの手続きを終えてすぐ、
帰国する日から合流することになりました。

 

1ヶ月間の日本ツアー同行

語学堂を卒業し、日本への帰国の準備をすぐにしました。
寄宿舎にあった荷物はなるべく少なくまとめ、金浦から羽田に帰国。

 

実家に一度荷物を置きに帰り、息をつく間も無く、
その日の夜の便で現地に向かい、ツアーの一行に合流することになりました。

 

合流する前

彼らの担当マネージャーになるまでは、
グループ名をうっすら聞いたことがある程度の認識でした。

 

語学堂の学生期間の終盤は、メンバーの名前や年齢、出身地を覚えたり、
韓国での最近の活動を追い、動きを把握するために時間を費やしました。

ファンじゃないタレントの情報をここまで追ったのは、
きっとこの時が最初で最後だろうと思います。

会ったこともないし、「好き!」という情熱も(まだ)無いため、
なかなか情報が頭に入ってこない。←

 

でも、単語を覚えるかのごとく必死に覚えた。
なぜなら合流してすぐ、私は、
彼らという「商品」を各方面に売込まなければいけなかったから。

 

そして、私が合流するチームには、本国のヘアメイクはいませんでした。

 

前の記事でも書いたように、私は元美容師。
メイクアップアーティストを志していたが、
諸事情により道半ばで諦めることになってしまった。

今振り返れば、人件費的な問題で、
韓国からの帯同ヘアメイクをカットしたのだと思うが(予想だけど)、
前の記事でも書いたように、私は元美容師。
メイクアップアーティストを志していたが、
諸事情により道半ばで諦めることになってしまった。
そんな話を社長にしたところ、
私は彼らのヘアメイクも任されることになったのでした。

 

そのため、語学堂での学生生活の後半は、
彼らの情報暗記と、ヘアメイクの練習に追われていきました。

 

日本ツアーにいきなり合流

帰国後、実家滞在時間3時間で、現地に向かいました。
すでに一行の日本ツアーは始まって3日が経過しており、
私は途中から合流することになっていました。

現地に着いたのは23時過ぎ。
一行が宿泊しているホテルのロビーで、
日本ツアーの責任者と明日からの動きの確認をする。

1ヶ月間のスケジュールを確認したが、
私たちは、どうやら1日しか休みが無いようでした。

 

今回のこの一行は、メンバー以外に、
韓国からのヘアスタイリスト、スタイリスト、韓国のマネージャー、
映像担当のチーム長がおり、私以外は全員韓国人。

 

ツアーを回る先々では、現地の日本人スタッフがケアをしてくれるが、
ツアーに通しで同行する日本人は私だけ。

 

ロビーで話した責任者以外に、知っている人は誰もいませんでした。

 

同行一発目のスケジュールはライブです。

 

初日

ホテルから早めの昼食会場に向かう。韓国料理の店でした。
メンバーたちと一行の注文を手伝う。

 

後から話を聞いてみると、このとき私はまだ、
一行にまともに挨拶をするタイミングもなかったこともあってか、
この店のアルバイトの韓国人だと思われていたらしい(笑)

 

昼食を済ませ、会場入り。

 

この日は、私が合流するまでの間、ヘアメイクを担当していた方から、
メンバーのメイクに関する情報の伝授を受ける。

 

くまなくメモを取り、メンバーの肌質や、使用化粧品もメモをする。
一回で全てを覚えなければならなかった。

 

そうして、ライブが始まりました。

 

ライブ中は、時間との戦いで、まさに「戦争」でした。

 

スケジュールのほとんどはライブやイベントでしたが、
どれも本当に楽しく、毎日が文化祭のようでした。

 

一日のスケジュール

Johannes PlenioによるPixabayからの画像

 

朝は大体早い。

朝7時に集合し、会場に向かう。
会場に向かう車の中で、1日のスケジュールの確認をする。

 

会場に到着すると、すぐにヘア・メイクのセットが始まる。
ヘアを先にするメンバー、メイクを先にするメンバー。
大体順番は決まっていました。

 

ライブの場合、メイクとヘアが終わったら、ステージの確認。

 

途中でセットリストが変わったりして、
通しでリハーサルをしたりする場合は、
リハーサルが終わった後に、ヘアメイクをする。
そして、空き時間にはMCの時に話す内容(日本語)の練習相手。

  

開場のギリギリまで調整をしたら、楽屋に戻り、開場となります。

 

ライブの寸前は、ヘアやメイクのお直しや衣装の確認。
日本語で話すコメントの再確認などもし、
ここで、水やタオルなどの物品もチェック。

 

ライブが無事に終わると、今度は撤収。
やることが怒涛のように押し寄せます。

 

ほとんどは公演の現地スタッフがやってくれるが、
必要な身の回りのものはアンコールの間に片付ける。

 

公演後に雑誌社や各メディアからの取材が入ることもある。
その時は、通訳として中に入り、同時にNG内容がないかなども確認する。

 

全て終わり、支度が終わったら会場を後にする。
移動車の中では、次の日のスケジュール確認。

 

食事を終えて、ホテルに着いたら、メンバー・その他スタッフは解散。

 

私は、部屋でメール確認。
雑誌社からくる原稿の内容を確認。

 

それが終わったら、次の日のスケジュールを確認し、就寝。

 

大体こんな感じの流れだったと思う。

 

 

マネージャーをしていて大変だったこと

AJO_CによるPixabayからの画像

寝れない

第一位はこれに尽きます。

 

もちろん、私がついていたのが、
初日本ツアーだったから、特に忙しかったんだとは思います。
が!それにしても、寝る時間がありませんでした。

 

朝7時に集合。

 

一番先に集合場所に行っていなければいけない。
メンバーやスタッフが集合場所に来ないときは、
部屋に呼びに(起こしに)行くこともしばしば。

  

いい歳なんだから自分で起きろ!私はお前の母親か!と
心の中で何度叫んだかわかりません。

 

夜は全ての仕事や確認、調整が終わってから寝るので、
大体夜の2時を過ぎてから床に就くことが多かったです。

  

夜の2時に寝て、朝は6時起き。

 

こんな生活が1ヶ月間、休む暇なく毎日続きました。

 

食べれない

私は、この時期にいきなり、何年も前から目標にしていた体重になった。(笑)

 

時間がなく、ご飯が食べれなさ過ぎて、どんどん痩せていったのだった。

 

なぜそんなに時間がないかというと、
メンバーや他のスタッフに先に食事をさせなければ!とか思って
動いていると、自分が食べるのをすっかり忘れてしまい、
結局本番の時間が来て、食べれなかったり、ということがほとんどだった。

 

日本の方の食事会とかでも、通訳をしなければいけなかったりで、
全然食事が出来なかった記憶があります。

 

ファンからの批判

Steve BidmeadによるPixabayからの画像

どこの世界にも悪口はある。
ネット上にも、ご近所にも。ごく当たり前のことだと思います。

 

しかし、直接何かを酷いことしたわけではなくとも、
公演の際の注意の仕方がムカつくとか、
タレントの周りをうろちょろし過ぎ、とかいうことから始まり、
結構きつめの悪口(●ね!とか)を通りすがりざまに
直接言われたりもあったので、それはそれで傷つきました(笑)

 

(私も仕事でやってるのですよ。(心の声))

 

韓国では、「悪口を言われる人は長生きする」的な言葉がありますが、
私はきっと長寿になるに違いない、と確信しました。←

 

良かったこと

毎日が文化祭前日

ライブやイベントが数日おきにあったツアー期間中は、
本当に毎日が文化祭の前日のような慌ただしさでした。

寝る間もなく動き回っていたが、ワクワクする毎日でした。

 

最高のチーム

メンバー同士の仲も良かったし、
他のスタッフも仲が良かったので、
ライブも、他の仕事も、いいチームワークででき、
本当に毎日が楽しかったです。

特にライブは、本番中、客席の後ろから舞台をチェックするのですが、
一緒に準備してきただけあって、すごく達成感を感じました。

 

優越感

ファンとスタッフの関係性などという優越感ではありません。
「他の人が入れない場所に入れる」という優越感です。←

小さなまちのお祭りなどでも
「関係者以外立ち入り禁止」の中に「許された人」として入ることに
大きな喜びを感じる私は、大きなライブの
「関係者以外立ち入り禁止」区域へ入れる優越感は、
誰に自慢するわけでもないが、個人的に相当なものでした(笑)

 

キムチの思い出

JeongHO SuhによるPixabayからの画像

 

そういえば、たまに日本人から
「韓国人って旅行に行くとき、キムチ持って行くって本当ですか?」
という質問をされることがあります。

 

我々日本人もきっと海外旅行を長めにして、西洋風の食事を続けていたら、
ご飯と味噌汁が恋しくなると思います。

 

私は韓国人ではないので、はっきりとは言えませんが、
おそらく韓国人にとって私たちの「ご飯と味噌汁」に値するのでは。
もしかしたらそれ以上かもしれません。

というわけで、このツアー中も「キムチ食べたいね」という話はよく出ていました。

 

しかしここは日本。
韓国式の美味しいキムチは手に入れるのが難しい。

 

さらにこの期間はヤドカリごとく、日本全国津々浦々を
数日ごとに移動する遊牧民のような生活だったので、
キムチを「安定供給」することも難しかったのです。

 

しかし。

 

ツアー中のある日、訪れた韓国料理屋で、
韓国人の店長さん(おばちゃん)が、
「どう?美味しい?」なんて話しかけてきたときに、
「韓国のキムチなかなか食べれないから、ここで食べれて嬉しいです〜」
と不意に言った言葉に店長さんが気を利かせて、
キムチをてんこ盛り(多分大きな白菜2玉分以上あったと思う)、
大きなタッパーに入れて持たせてくださったことがあった。

 

思わぬ計らいにメンバーやらスタッフは大喜び。

 

しかし、それをツアーの期間中ずっと、そのキムチが無くなるまで、
リュックに入れて、背負って移動したのはこの私…。

 

Simon SteinbergerによるPixabayからの画像

あの時のお店の店長さんへ。

キムチ本当にありがとうございました。肩が取れそうなほど重かったですが、美味しくいただきました。

 

おかげで(?)足腰も鍛えられ、キムチの安定共有もできたものの、
私のお気に入りのリュックはキムチの匂いになってしまいました。

 

そんなこともツアー中のいい思い出(?)です。

 

まとめ

とても楽しくて、大変な1ヶ月だったけど、
今でもいい経験をしたと思います。

 

韓国語を勉強し始めた時、私はこの本を使って独学をしていました。
基礎はこの本に学んだと言っても過言ではありません。

 

その後、約1年 国内の語学学校に通いながら、勉強を続け、
その後、韓国のソウルに留学をしました。

 

語学堂を卒業したからと言って、
全て意味がわかるわけではありません。

 

スタートラインに立っただけだったので、
学校の先生が話してくれる綺麗な発音に慣れた私の耳には、
韓国語ネイティブの彼らの言葉のシャワーは本当に良い経験になり、
この1ヶ月があったから、私は若者が使う韓国語から、
50歳以上の人が使う韓国語まで幅広く接することができたし、
この環境のおかげで韓国語の勉強になりました。

 

また、韓国人のライフスタイルにも接することができたので、
それが今にも活きているように感じます。

 

ざっくりとではありつつ、長文で文章を書いてしまったけど、
また細かい部分も書けたらと思います。

 

 

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Profile
すず

1988年1月生まれ。神奈川県横須賀市出身。青森にもルーツ有。
元美容師。海外で美容師として働く夢を叶えるべく、都内短大(英文学)卒業後、都内美容学校へ。都内サロン退職後、2014年に韓国留学。留学終了後、帰国。都内韓国関連会社勤務後、横浜から福岡に移住し、現在は日本国内で韓国関連、日韓交流、観光インバウンドの仕事に携わる。韓国の田舎の姿にハマり、現在は、週末・休暇を利用して、韓国の地方都市の旅をしている。好きな食べ物はスンデ。

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